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♪♪妄想乙女マーガレット通信★vol.28♪♪
別冊「まりりんのの日記」/ペットさん(ペット・ショップ・ボーイズ)偏愛フリーペーパー
第28号・2006年04月発行★発行人:まりりん石原、執筆乙女:クリスティーナ・マーガレット・ロウ

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マーガレットです。暖かくなってきましたが、やばいことにマーガレットの運気と生きるエネルギーは下降中です。もう家でじっとしているのには飽きた!

★★★★今日のピックアップPV★★★★

『アイム・ウィズ・スチューピッド』(‘06) 監督・・・?

 

 最新アルバムからの先行シングル。今年4月上旬にUKで初放送されました(公式HPや下記アドレスで見れます)。内容を例えて言うなら・・・強烈なペット・ヘッド(PSBファン)のオッサン2人(演じるのはイギリスの俳優デビット・ウィリアムズとマット・ルーカス)とその仲間たちは、手作りでPSBの’93『Can you forgive her?』のPVを再現してみました。で、どうしても本人たちに見て欲しくて、拉致りました・・・。って感じです。新しいアルバム『ファンダメンタル』が、『ヴェリー』と比較されるのはこのあたりにも現れているのでしょうか?オッサン2人が微妙に2人に成りきろうとしているのが腹立つというか、笑えます。

IWS video stills

 この“本人たちに見て欲しくて”ってあたりが、熱狂的ファンっぽくてマーガレットには痛いほどわかるんですが。曲の内容はラブソング風、実はブッシュから離れられないブレアの風刺。まあ、このくらいバカでもいいでしょう。(『欽ちゃんの仮装大会』の次だもん。)
 いつも「PSBのもう一人のほう」と言われるのはクリスだけど、今回はニールが「もう片方」と言われています。
http://www.youtube.com/watch?v=OhENSU6jk08&search=PET%20SHOP%20BOYS%20













★★★★今日のインタビュー「T
he Word」A★★★★

 イギリスの音楽雑誌「The Word」4月号のインタビュー記事の訳の続き。意味わかんないとこありますが、大目に見てください。ニールの話は硬軟織り交ぜで難しいんです。

 私がスミスフィールドのレストランでニール・テナントに会った2,3日後、彼がかつて在籍していた雑誌「スマッシュ・ヒッツ」がニール自身で作り上げた運命的名言“ゴミの投げ売り”により、ついに終了した。彼はダークで間違いなく高そうなセーターと新しいメガネを身に付けていて、「いつもより僕は地理の教師みたいに見えるかも」と言った。彼の髪はいまほとんどグレーだけど、ローマの権力者が移住してきたみたいに彼に似合っている。彼はとても楽しい。
 ニールは、彼の古巣「スマッシュ・ヒッツ」の終焉について特に悲しさを感じないことに驚いた。彼にとっては、「ヒッツ」はエディターとしてケイト・ソーントンを起用したあたりの年代に終わっていた。雑誌を編集するタブロイド・ジャーナリストの考えは伝統的にキッズ向けの一面があり、ポップスターたちには失望させられた。彼が悲しく思うのは、古い「スマッシュ・ヒッツ」の書き方だ。「スマッシュ・ヒッツはメディアに変わった。」と、暗い色の木のイスに座っている彼は言った。「スマッシュ・ヒッツが悪く書くのは簡単だったから、概してその影響力が悪かった。」それらは、君の靴下が何色か尋ねずに木曜日が何色か尋ねるかのような誤解があった。私はいつもブラウンのように思っていたけど・・・。いま、「スマッシュ・ヒッツ」を見る場所は、日曜の朝のTVでサイモン・アムステルと一緒だ。彼は天才の部類で、“ポップジャスティス.com”のような恐ろしいクオリティを持っている。彼らはポップミュージックを真剣に取り上げる。今日、新聞や雑誌は恩着せがましいような方法でポップをまじめに取り上げているが、私は、マス・マーケット現象は全レベルでまじめに取り上げられる価値があると思う。

 風刺はポップの主たる皮肉屋だというが、私たちはともあれポップの黄金時代にいる。アーチック・モンキーやカイザー・シェフは全て「スマッシュ・ヒッツ」の素材である。彼らは現代の狂気の具象化だ。シザー・シスターズ、ブランドン・フラワーズ、キラーズ、サム、ザ・ブラヴェリー・・・。「つまり、それはヘア・カットだ。表紙だ。」
 ニールのいいポップレコードの定義は、聴くための努力を少しもしなくていいもの。それはラジオだったりタクシーの中だったり、店や友達の家でふいに聞けるものだ。「僕は、それは正しいと思う。きみはアーチック・モンキーを拒否できるかい?英国ではそれは大変なことだ。突然何かが始まったとき、みんなすぐにそれを好きになる。」彼は、30代を過ぎても、ポップの経歴を持てることが可能であるという事実に勇気付けられる。「そう、僕らの年代の人々は、現在もポップミュージックを聞くし、ポップはむしろ映画のようになり、そこではシリアスな俳優として50歳代の人でも、ハリウッドでのキャリアを持つことができるだろう。でも、時々一日の終わりに、僕はそれがセックスについてだけではないかと思う。いまいましいけど、セックスを売り物にしなければどうだろう?セックスを売るには年寄りすぎだったら、全て終わりなんじゃないか?トム・クル―ズは俳優か?それともセックスが売りものか?僕は、マドンナは偉大なポップレコード・メーカーであってセックスも売り物にしているかの論争はしていない。」
 ペット・ショップ・ボーイズはセックスを売り物にして来なかったし、有名人であることも売り物にしていない。そうして“ポップの頑固者たち”が生まれた。彼らを守ってきたのはこれだ。彼らはセレブらしくない有名人で、実在するブランド以前にブランドになった。彼らは微動だにしない表情がアイコンのデュオとして演奏した。一風変わった、彼ららしくない衣装のことは忘れている。「僕らはいつも、ペット・ショップ・ボーイズはいつも何かを考え出さなければならないと思っていた。」と、ニールは言う。「僕はいつも、ペット・ショップ・ボーイズは、ティンティンのトンプソン・ツインズやギルバート&ジョージのようだと思っていた。」ニールはたびたび、もしもクリスとニールが別れた場合の、ペット・ショップ・ボーイズの3人目のメンバーについて話していた。
 ペット・ショップ・ボーイズがラテン風のアルバム「バイリンガル」をリリースした1996年あたりに、ニールはゲイ雑誌「アティチュード」のインタビューでカミングアウトした(一方で、クリスは自分のセクシャリティについて語ったことはない)。それは決定的瞬間の動機ということではなく、まったく計画的でもなかった。ニールはその雑誌が好きだったし、自分のセクシャリティを隠しておくことに意味があるとは思っていなかった。レコードは、彼らのベストではなかったが、とてももっともだった。しかし、ペット・ショップ・ボーイズのセールスが以前ほど大きくなかったと言えるだろう。トップ10はトップ20になった。外の世界では、ペット・ショップ・ボーイズは“ゲイバンドでありポップの頑固者たち”として、再定義された。ゲイのコメディアンや昼メロスターを包含する文化がゲイのポップスターを受け入れていないのはおかしく思える。ニールは、カミングアウトがペット・ショップ・ボーイズの未来に影響すると思っているのか?
 「わかっているように、僕にとってはとても困難だ。」彼は認める。「僕が前もってカムアウトしなかった理由は、僕たちが固定観念を得たあと起こったことだからだと思う。ヴィクトリア・ニュートンが「ザ・サン」に、僕がデビット・ウィリアムスと飲みに行ったことについて書いたとき、彼女は「あなたは女っぽくない」と言った。僕はまったく女っぽいところはない。ストレートでも、僕より女っぽい人はたくさんいる。デビット・ウィリアムスもそうだ。君達の中にもいる。人々は、ゲイの芸能人に無作法で、かつ率直でいて欲しい。去勢された典型で、女っぽい。脅しじゃないよ。」
 「とても面白いものがある。」テーマを暖めながら、彼は言った。「「ザ・サン」は「セレブレティ・ビッグ・ブラザー」の後のマイケル・バリモアに完全に振り向かないとならない。彼らは、彼の家で何が起こったかという、現実ではない空想のレポートを止めなければならない。バリモアの興味深いケースは、人々が依然として自分の同性愛的傾向ではなく同性愛者を悪者にしたい。そう、我々はグラハム・ノートンと「ウィル・アンド・グレース」にみんな満足しているが、マイケル・バリモアがひょっとしたら彼の家で男性と性的関係を持ったのではないかというリアリティが、何より先に述べられている。彼に対抗することのできる、彼の鎧の中の呼び鈴だ。“性的倒錯者の不快”な感覚は、数年前にすべての異性愛者とセックスをしている人が一様にショッキングであると考えられた全ての話に差し迫っている。」彼は紅茶をすすった。「僕は時々、本当に、それは正しい態度だと思う。誰もそれに付いて話さないのはずっといいことだ。たしかにそれほど退屈じゃないけど。」
 彼はテレビを見ないし、むしろ有害だと思っている。彼は、自分が文化に参加していないと思う。「戦艦ポチョムキン」の新しいサウンドトラックの共同作者でありナショナル・ポートレート・ギャラリーで2005年度BPIポートレイト・アワードを受賞した芸術のパトロンにとって、これはこだわるに違いない。でも、彼は24時間ライブ放送の「セレブリティ・ビッグ・ブラザー」は朝食のトーストとともに、地下室で、「タバコを吸うピート・バーンズを」部屋着で見たことがある。
 彼は言う「単純にテレビだ。それが陳腐な決まり文句だと分かっているけど、つまるところアンディ・ウォホールだ。僕は、ジョージ・ギャロウェイがピート・バーンズに、正確なスコットランドなまりで「君は蛇だ!きみの目を見ればわかる!」と言っている騒ぎを姉と見たことがある。ファンタスティックなTVだ。僕は姉に、「ワォ、信じがたいドラマを見たアルメイダみたいだ。」というと、姉は「“ファーステン”みたいよ」と言った。彼はもっとTVを見るべきだと思うが、心は乱れる。「この世にTVしかなかったら、凄くつまらない。」
 3〜4年前、BBCのポップ・アイドルにかなう“更なるブルー・ペーター”、フェーム・アカデミーのプロデューサーは、ニールにカレッジの校長にならないかと依頼した。彼はそのとき休暇中で、彼のマネージャーが代わりに断った。これについて知るために戻った時、彼は不意に機会を逃したことでイライラを感じた。彼はやるべきだったのだろうか?彼は虚栄が満たされたと認めた。多くの人が、彼はすでに校長のようだと思われ、彼はそれが実際に求めているものではないと思った。しかし、あなたはあなたであるのだ。彼らはさらに、彼の親友のジャネット・ストリート・ポ-ターとともに「アイム・ア・セレブリティー・ゲット・ミー・アウト・オブ・ヒア」に来てくれるよう依頼した。「僕は本当に、かなりショックを受けた。たしかな事実として、僕はそれができる人々に感心するが、それはとてもペット・ショップ・ボーイズ的じゃない。それは僕のためには動かなかった。僕はそれを閉所恐怖症と感じた。」
                                                            (次号に続く)


★★★★今日の関係者★★★★
サー・イアン・マッケラン

 1939年5月25日英ランカシャー生まれ。ケンブリッジ大卒。在学中から舞台に立ち、卒業後、プロの俳優に。
言わずと知れた、ガンダルフ(ロード・オブ・ザ・リング)で有名な英国の俳優。88年カミングアウト。もともとは舞台俳優なのでその功績が認められ、90年、爵位を贈られた。一般的に映画で知られるようになったのは、「ゴッズ・アンド・モンスター」(‘98)で、アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされた。

ニュージーランドにて(2003年)
オネエらしいオホホ・ポーズですね

この映画、「フランケンシュタイン」を採った実在の監督をモデルにしていて、名声を得た老境の彼が、庭師(“裸にオーバーオール”の、典型的ゲイのおご馳走スタイルのブレンダン・フレイザー)に恋して死んでいく、現代版「ヴェニスに死す」。このとき、すでにサー・イアンはゲイをカミングアウトしていたので、まるで我がことのように嬉々として演じている。多分、庭師のそそるスタイルを考えたのも彼自身じゃないかな?「ロード・オブ・ザ・リング」がゲイっぽかったのもサー・イアンのせいだと思うし(ロケにイケメン恋人同伴)、「x−メン」の裏テーマがゲイが感じる社会の疎外感なのも、彼のせいね。まだ映画にメジャーな役で出る前、PSBの「ハート」(`87)のPVに吸血鬼役で出演。これもゲイ・コネですね。どう見ても花嫁より花婿(ニール)または従者(クリス)を持ち帰りたそうだもん!現在は、ハリウッドのクローズなお仲間を含め、ゲイを代表する“ファーザー”的存在で、日々、差別と戦っておられます。ハリウッドを目指すゲイは、とりあえずサー・イアンのところにお行きなさい!

 

★★★★今日のお写真★★★★

 

たぶんファンの人がやったアイコラです。クリス・ポッターと、ニール・マトリックス。ちなみにクリスはハリ・ポタのファンらしいですが、あまり違和感がないほどはまっています。ニールはネオよりスミス似では・・・と思いますが、『パニナロ’95』のニールとかわらないです。



★★★★今日の映画★★★★
『ベント 堕ちた饗宴』(‘97)・・・いつ見たかは忘れたけど、ものすごい閉塞感漂う映画だったのはたしか。第2次世界大戦中のドイツが舞台。冒頭のクラブのシーンで、ミック・ジャガーがドラーグの歌姫として登場するゴージャスなシーンとは打って変わり、残りのほとんどが、主人公がナチに捕らえられて投獄される場面。ナチはユダヤ人だけではなく、同性愛者も迫害していた。主人公はそれを隠し、周りの囚人たちにはただの政治犯と偽る。だけど、そんな彼の前に現れた男は、自分を同性愛者と隠そうとしない。話しの中心はその2人の、会話も十分に交わせない、手も触れることのできないラブ・ストーリーである・・・。圧巻は、壁を隔ててのラブ・シーン!もう、暗すぎる。ちなみに主演は、最近ようやくメジャーになってきたクライヴ・オーウェン。イアン・マッケランも出演。ジュード・ロウやポール・ベタニーも出ています。現在公開中の映画『Vフォー・ヴェンデッタ』(原作はアラン・ムーアの傑作コミック)も近未来のロンドンで同性愛者が迫害されている…ヤバイよ、ニール、クリス。
 ところで『ベント』はもともと舞台であるが、こんな暗い舞台、ヤだよ。タイトルが似ている『レント』や映画にもなっている『プロデューサーズ』も、なんかゲイネタがいっぱいで、舞台やミュージカルって、ほとんどゲイ・カルチャーなんじゃ〜ないの?

★★★★今日のおまけ★★★★
PSBの名前の由来は、ニールいわく「名づけてから2O年も経ってんだから、それはもういいだろ」だけど、一応、2人の友人がペット・ショップの店員だったからということですが、アメリカでは、男娼を意味するそのままの響きでゲイ・スラング(ニールはこの説は否定)。私なりにこんな説を唱えてみました。
おっさんでも”boy”はそんなに珍しくないんだろうと思う(例:ビーチ・ボーイズ、ビースティ・ボーイズ、その他バンド名としてはわりと一般的)。“pet”は、先日言ったようにノースシールズなまり(ジョーディ語)で親愛をあらわす語尾で、”s
hop boys”を並び替えると“posh boys”つまり“おしゃれな少年たち”。ライブでの自己紹介の常套句、「We are the pet shop boys!」は、「僕たちイケてる男の子、ベイベー!」のアナグラムでは?いかがでしょう。

 


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