ELYSIUM

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通常版(1CD)/限定版(2CD…+インストゥルメンタル)

2012. September.5 (JP)/September.10 (UK)


英国最大の輸出産業とは、まぎれもなくポップ・ミュージック!と改めて感嘆せずにはいられなかったロンドン・オリンピックの閉会式。往年の大スターたちがリユニオン的なムードで矢継ぎ早に登場したこのセレモニーで、ノスタルジーとは無縁の表情で、コズミックな(?)衣装を鎖のように着こみ、85年のヒット曲“ウエスト・エンド・ガールズ”を歌っていたのが、ペット・ショップ・ボーイズだった。30年にわたるキャリアとメガ・セールスを誇り、もはや英国ポップス界ではセレブに鎮座しているイメージの彼らだが、最新作「エリシオン〜理想郷〜」に聴きとれるヒリヒリするようなアイロニーからは、彼らがデビュー当時から変わらぬオルタナティヴ精神を抱き続けていることが伝わってくる。エレクトリック・ポップという一貫したアプローチにおいて、この最新作ほどエッジィな「死の本質」を描き出したアルバムもなかったかもしれない。50代後半にさしかかったニール・テナントと、50代前半のクリス・ロウの「もはや若者ではないが、老人というには早すぎる」境地が、達観した美意識とともに結晶化された最高傑作だ(取材はオリンピック開催時期に行われた)。

●ロンドン・オリンピックたけなわですが、先行シングル「ウィナー〜君は勝利者〜」は、オリンピック参加者への応援歌でありながら、PSBらしい諸行無常の感覚にあふれていますね。「君は勝利者/僕は勝利者/全てはあっという間の出来事」という仏教思想にも通じる歌詞が印象的です。この曲はどのようにしてできたのですか?

ニール(以下N)「といっても、これは当初オリンピック用に書いた曲じゃなかったんだよね。実は去年テイク・ザットのスタジアム・ツアーに同行(特別ゲストとして出演)したんだけど、毎晩僕らのセットが終わるとテイク・ザットが登場して“グレイテスト・デイ”っていう曲で幕開けしていたんだ。で、そこでバンドとファンが一緒にシンガロングしながら盛り上がっている様子を見ながらクリスが『僕らもこういうミッド・テンポのアンセムっぽい曲を書いてみようぜ』って感じで僕に持ちかけて来て、底から出発した曲だったんだ。だから当初は今作に入れるつもりじゃなかったし、僕らとしてもスポーツマン特有の、いわゆる英雄っぽいニュアンスを想定しながら書いた曲じゃなかった。いま君が言った“諸行無常”という仏教思想と通じているのかもしれないけど、必ずしも勝つことがすべてではない。たとえ今他者を圧することができてもそれはほんの束の間の出来事に過ぎないって言う勝利のアイロニー、むしろ勝利の儚さの方を強調したかったんだ。だから僕としては当初この曲は自分たち用じゃなく、誰か可愛いアイドル・バンドにでも提供しようかと思っていたんだよ、例えば最近大人気のワン・ダイれクションとかさ」

クリス(以下C)「このアイドル好きめ」

N
「(笑)で、今回LAで録音した際、この曲を今作のプロデューサー、アンドリュー・ドーソンに聴かせてみたら『こんないい曲を他人に提供するのはもったいない。絶対君たちのアルバムに入れるべきだ』ってことで、今作に入れることになったんだ。更に先行シングルのリリース期はちょうどオリンピックで盛り上がっている時期にも重なるっていうことで、じゃあまさにこれがぴったりじゃないか!ということになったわけ。」

●しかし、オリンピック的なスポーツマンシップと、PSBの冷徹で「英国的」なポップスのマインドはある種相反するものにも感じるのですが。その点でPSBらしさを固守した“ウィナー”はチャレンジングな曲だったのでは?

C
「でも僕は意外とスポーツが好きなんだよ、特に男子体操とか、シンクロナイズド・ダイビングとか。最近BBCで中継されているオリンピック競技も良く観てるしね。特に先日見た日本人体操選手のパフォーマンスは最高だったな」

●じゃあニールは?

N
(苦笑しながら)と訊かれても、僕の場合は英国で生まれ育っていながら、いまだにサッカーのルールを知らないほどスポーツ音痴だからなぁ。まあ家にいる時にTVでオリンピック競技を中継してたら、柔道やボクシングの試合を時間つぶしに見たりするけど。基本的にああいう体育会系のメンタリティって僕にとってはまるで異世界の出来事だからね。という意味でも、この曲を作る際、いわゆるラッドっぽいサッカーの応援歌ノリになるのだけは極力避けたつもりだよ」

●今回の新作「エリシオン」はとても洗練されたエレクトリック・ポップ・アルバムであり、内容的にはPSBのディスコグラフィの中で最も内省的な作品になったのでは、と思います。今作の楽曲はどのようなインスピレーション、あるいは苦悩のもとで作られたのでしょうか。

N
「僕らの場合、歌詞のインスピレーション源は常に自分たちの周りで起こっている様々な出来事、実体験なんだ。ニュースで報じられている社会状況や世間を騒がせている事件、それに自分たちが実際に経験した出来事とかね。歌詞を書く立場から言っても、それが何にしろ、自分な感情移入できる事象じゃないと書こうっていう気になれないんだよ。例えば今作の“りーヴィング”とかは死についての歌で、ポップ・ソングには相応しくないテーマなのかもしれないけど、にもかかわらず書かずにはいられなかったのは、多分過去5年間に両親を続けて亡くしてしまったからだと思うし。“ユア・アーリー・スタッフ”とかはポップ・スターについての歌で、これも実体験から来たものだしね。ロンドンでタクシーに乗るとよく運転手に『PSBの人だよね?俺大ファンなんだ』って調子で話しかけられるんだけど、昔の歌詞を僕に一語一句たがわず暗誦してみせたかと思うと、次の瞬間には『しかし驚いたなぁ。最近は音沙汰がないんでPSBはもう引退したのかと思ってたよ』なんて言われて『ええっ?前作からまだ23年しか経っていないのに。僕はまだ引退していないよ!』なんて会話がきっかけでポップ・スターの儚さを痛感したり。そういう様々な経験が歌詞のヒントになっているんだ」

●ポップ・スターの体験談といえば、“インヴィジブル”の歌詞も「今ここにいる」という実在感を失った人間の感覚を歌っていますよね。これもポップ・スターとしてのあなた自身が体験した空虚感がインスピレーションに?

N
「この歌詞は“老い”についての歌で、昔はその人物が部屋に入っただけでパッと人々の視線を集めていたような派手な人でも、老いると誰も注目しなくなる。他人にとってはまるで透明人間みたいな存在/Invisibleになってしまう、というような、いわば老いる事の悲哀みたいなものを書いてみたんだ。更に言えば、ポップ・スターとして長いキャリアを積めば積むほどベテラン扱いされてラジオや雑誌でも別枠扱いされるっていう、値ディあ上における年齢差別みたいなニュアンスも含まれているんだ。」

PSBの音楽は「禅的」な精神を感じさせ、肉体や物理的次元を超えた別の世界〜パラレル・ワールドを感じることがあります。PSBにとってこの「現実世界」とはどのようなものなのでしょう?

N「不思議だよなぁ、今日そんな風に言われたのはこれで二度目だよ。さっきも違うジャーナリストに同じことを訊かれて、なぜなんだろう?…とずっと考えていたんだけど、多分今作のタイトルが『Elysium』だからかもね。これってギリシャ語で“死後の世界”や“パラダイス”を意味するから、僕ら自身としては今作のサウンドに相応しい美しい言葉だと思ったから選んだんだけど。でもこうして出来上がったアルバムの歌詞を改めて読み直してみたら、どれも“死”と“再生”が何らかの形で浮かび上がってくることにも気がついたんだ。だから究極的には僕らにとって生を意味する現実と、死を意味するエリシオンは背中合わせにあるってことなんじゃないか?と今は考え始めているんだけど、どうなんだろう?今はアルバムを作り終えたばかりだから、その辺を冷静に分析するのは難しいな」

●死と生と言えば、今作の“レクイエム・イン・デニム・アンド・レオパードスキン”は、去年亡くなったあなた方の友人への鎮魂歌だそうですが。同時に、「ポップ・ミュージックの死と再生」についても歌っているような印象を受けました。両者とも死についての歌であると同時に「再生」についても歌っていて、その意味でもPSBはポップ・ミュージックの未来についてオプティミスティックな意見を持っていると感じたのですが、いかがでしょう?

C
「楽観的な意見と悲観的な意見はどんなことに対しても常に言えるからさ。例えば今の欧米のポップ・シーンについて考えた場合でも、そのアーティストが置かれている立場や見方次第で両極端な意見が出ると思うし、今のポップ・シーンから革新的なモノがだんだん消えかけていることはだれにも否定できない反面、今後また人々があっと驚くような新しいものが生まれてくる可能性もあるわけで。ポップの歴史が長くなるにつれ、ネタ切れになって、停滞や模倣は避けられない事実になっていると思うし。例えば最近のマドンナとレディー・ガガの“エクスプレス・ユアセルフ”と“ボーン・ディスウェイ”論争とかさ」

N「ああ、あれね。僕も“ボーン・ディスウェイ”を初めて聴いた時は“エクスプレス・ユアセルフ”に似すぎていてぎょっとしたよ。もちろんマドンナもガガも大好きだけど、こりゃ絶対マドンナとひと悶着あるぞ、と思ったもん(笑)結局その通りになって最近あの二人は激しくディスり合っているみたいだけどね。マドンナが最近のツアーでこの2曲をマッシュアップしてやり返したり(笑)」

●(笑)それでは、あなた方が30年以上にわたって関わってきたエレクトリック・ミュージックというジャンルについて。これはアコースティックにこだわるミュージシャンと同様、エレクトリックという素材への愛情を感じます。エレクトリックで肉体的なビートを表現する人もいますが、PSBは「非・肉体性」をサウンドで表現して来たと思います。つまり「霊性」を表現しているようにも思えるのです。これは実は、古い英国音楽の伝統ではないかと思うのですが(ウィリアム・バードからヴォーン・ウィリアムスまで)。PSBのエレクトリックへのこだわりの「真意」を教えてください。

C
「うーん…その辺は、サウンド面担当の僕の趣味がかなり出ているところはあるかもな。昔から感情がらみでいろいろ面倒な人間より、常に精緻でコンスタントな機械類の方が好きだったし。音楽を作る場合でも気分にムラのある生のミュージシャンより、常にブレないコンピューターの方がこっちが頭に描いている音を忠実に再現できるからね。それに電子音楽のジャンルはネタが出尽くしたアコースティックなロックやポップとは違って、まだまだ新しい手法を開発できる余地が残っているからさ。自分だけの新しいサウンドを生み出したり、新しい手法を試してみたりすることもできる。そういうサウンド・クリエイターとしても欲求を満たしてくれるジャンルだから、僕の場合は常にエレクトリックなサウンドに惹かれ続けて来たんだと思うよ」

おまけの<現場始末記>

8
2日、ロンドンにて

あの常に冷徹&辛辣な歌詞を書くニール・テナントが、実は大の「アイドル好き♪(それも若くてかわいいボーイ・バンド)」であることは意外と知られてないかも。3年前の前作リリース時にお二人に取材した際にも「ブランドンって可愛いよねぇ」を連発。こっちがいくら他のバンドの話を出そうが「でも今のシーンでブランドン以上に可愛い男性シンガーなんて他にいる?」なんて調子でザ・キラーズのブランドン・フラワーズをしつこく褒めちぎり、普段は温厚なクリスもさすがにウンザリ顔。ハタ目にもハッキリわかるほど引いていのが強烈に印象に残っているのですが、今回の取材ではニールの「愛の標的」はもっぱら現英米で大人気のワン・ダイレクションへ。最新曲“ウィナー〜君は勝利者〜”まで「実は当初彼らみたいなアイドルに提供するつもりだった」と吐いた時は「てめぇぶっ殺すぞ!」と言わんばかりの目で隣のニールを睨んだクリスの顔が怖かった…。

(
以上、Rockin
on201210号より:インタビュアー・児島由紀子)

 




<おまけ>

オリジナル・アルバム前10作同時再リリース。ペット・ショップ・ボーイズが愛され続けるわけとは?

 シンプルかつポジティヴな曲ほど書くのは難しいんだよ、というニール・テナントの言葉には、PSBの本質が凝縮されている。知性と先鋭性だ。私は、インディ/メジャー拘わらずポップ・バンドに取材するときはほぼ毎回これについて質問しているのだが、今まで、ジェイク・シアーズ(シザー・シスターズ)とマーク・フォスター(ファスター・ザ・ピープル)が激しく賛成したのをよく覚えている。
 PSBは、その始まりから今までずっと、アウトサイダー的カウンター・カルチャーを体現し続けながら、同時にケタ外れの商業的成功を収めて来た。つまりレディー・ガガがいまやっていることを30年前からやり続けてきているわけ。しかも、常にプライベートをさらすこともゲイらしい社会的活動もない。楽曲のクオリティとエンタメ性だけでサヴァイヴしてきたデュオなのだ。
 PSBの音楽そのものが批判的であるのは、ニールが元音楽ジャーナリストであることと無関係ではない。86年、CDがヴァイナルに取って代わられるのを皮肉るようなアートワークの『ウエスト・エンド・ガールズ』でデビューし、当時「ディスコなんて軽薄。オーセンティックさなんてあるわけがない」という風潮を、醒めたシンセ・サウンドにドラム・ビートと極上のメロディでスマートに挑発してみせたのだ。物質主義に潜む孤独を歌い(アンチとして)時代を象徴した『悲しみの天使』を80年代に発表し、ポップ・アクトとしての地位を不動のものにした『ビヘイヴァー』を経て、90年代には『ヴェリー』でロック・リスナーをより引きこんだ。その後、革新性より職人技の『ナイトライフ』、さらに気品まで加わった『リリース』を発表。そしてついに集大成を見せた『ファンダメンタル』、ゼノマニア〜アンドリュー・ドーソンというコラボ相手の変遷にポップ・ミュージックの権威としての根性が見える『イエス』と『エリシオン』と、現役を貫いている。サウンド面でも、性別を超えているが故に普遍的たりえる愛と孤独を描いた歌詞の面でも、PSBは決して変わることがない。「踊れるスミスをやる」という彼らの意思は、30年を経ても揺らぐことはないのだ。それが、小手先でトレンドを取り入れることよりいかに難しく逆に革新的であるかは言うまでもない。PSBの後継者としてそれを成し遂げているのはダフト・パンクぐらいだ。PSBがいなければ、魂を売らずとも大衆音楽は出来ると言う、今や当たり前の「ポップ」の定義も、インディ・ポップ界の男子デュオも存在しなかったはずだ。とっぴなことをやっていれば先進的である、というわけじゃない。自分たちでは実験的だとも先鋭的だとも思っていない(と本人たちは主張する)マインドに裏付けられた洗練性と知的ユーモア、それこそがPSB30年に亙って愛され続ける理由だ。
 
(
以上、Rockin
on201210号より:コラム・羽鳥麻美)

 



ベルリン・ライブ(2012年9月5日)

 

 


マーガレットの勝手に評価(5段評価)

アゲアゲ度★★
皮肉度★★★
政治・社会度★★★
乙女/ゲイ度★★★
マーガレットのお気に入り度★★★★

Dr.マーガレットの処方箋

用法:頑張って来て疲れた時のご褒美に
効能:言葉では言い尽くせない大切なものを思い出せます

服用に適した時期:季節の変わり目
使用量:一日一回(特にドライブに有効)
副作用:空を見ながら聴くとおセンチになります

 

 


各曲の詳細&レビューは、タイトルをクリックしてください

Disc1

 

「Leaving12シングル

「Invisible12ティーザー

「Winner12シングル

「Your Early Stuff

「A Face Like That

「Breathing space

「Ego Music

「Hold On

「Give It a Go

「Memory of the Future
12シングル

「Everything Means Something

「Requiem in Denim and Leopardskin

「The Way Through The Woods
日本限定ボーナストラック


Disc2(インストゥルメンタル)

CD2は限定版付属で、CD1の曲のインスト版

Disc3(
仮想)

*以下は2012-に発表された曲。
アルバム未収録でリリースされたシングル、B(カップリング、ボーナス・トラック)Remixなど。


「The Way Through The Woods(long Version)Winnerカップリング 

「A Certain “Je Ne Sais Quoi”」
Winnerカップリング

「I Started A Joke
Winnerカップリング

「Hell
Leavingカップリング

「In his imagination
Leavingカップリング

「Baby (2003 demo)Leavingカップリング

「ListeningMemory of the Futureカップリング

「One Night
Memory of the Futureカップリング

「Inside
Memory of the Futureカップリング



詳細データリンク(オリジナル)



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