INTROSPECTIVE1-6

It's Alright

alright


クリス:トレヴァー・ホーンはいつも、will came and go“っていうのがいつも弁護士事務所の名前みたいだって思っていたらしい。
(
一言コメント:1999)

 

 


原文歌詞はこちらでご確認ください



アフガニスタンで強制される命令
明確な態度を打ち出す南アフリカの革命
圧迫の瀬戸際のユーラシアの人々
平和になることを願っている
だって、音楽は永遠に流れるから
(
絶え間なく、絶え間なく、続くから)
平和になることを願っている

(無事に、無事に、無事に、無事に)

森林は崖っぷちの状態で伐採され
地球は死にかけ、砂漠にとって代わられる
飢えに瀕した
圧力の下の人々
平和になることを願っている

何世代もが、来ては去って行く
でも確かな1つのものがある
音楽は僕たちの人生の基
そして、来たるすべての国を引き継ぐだろう
平和になることを祈っている
だって、音楽は永遠に流れるから
(それは絶え間なく、絶え間なく、続く…)
平和になることを祈っている
(続く、続く・・・)
だって、音楽は永遠に流れるから
(それは絶え間なく、絶え間なく、絶え間なく、続く…)

3000
年が過ぎ去っても
音楽は流れ続ける
時間を超越した波長にのって聞こえてくる
消え去ることなく、力を与えてくれる
(大丈夫)
平和な日々が来ますように
(無事に、無事に、無事に、無事に)


Written by S Void / Marshall / Jefferson / Brightledge


Produced by Trevor Horn and Stephan Lipson

 


ニール:僕たちは「Acid Tracks」というアルバムを買ったんだけど、それは、The House Sound Of Chicagoのサード・アルバムだった。僕たちは何かをサーム・ウェストでレコーディングしていたときにそれを聴いた。その中にスターリング・ヴォイドの「It's Alright」があって、すっごく気に入った。僕たちは、このとき、この曲をガール・ハーモニー・グループのザ・ミント・ジュレップズとレコーディングしていたトレヴァー・ホーンと話し合った。そして、彼は彼女たちとそれをやり始めた。

クリス:彼女たちはそれが好きじゃなかったんでしょ?

ニール:僕たちはINTROSPECTIVEに取り掛かり始めたところで、トレヴァーと「Left to my own devices」をやっていた。僕たちはトレヴァーが「It's Alright」をやったと聞いて、自分たちでそれをやるって決めたんだ。アルバムに入っている最初のバージョンは、かなりスターリング・ヴォイドのオリジナルのレコードに忠実だ。

クリス:トレヴァー・ホーンは歌われている内容にすごく関係があった。彼はずっとそれに取り組んだ。 それが、ニールが「I hope it's going to be alright」と歌う理由だ。僕はいつもオリジナルのスターリング・ヴォイドの歌詞を気に入っていた。元の歌詞は「going to be alright」だったけど、ニールは疑問の要素を加えた。

ニール:やった。それから僕は楽観主義の混乱の窓から、歌の途中まで疑問を投げかけた。

クリス:ニールとトレヴァーが食料略奪について話していたのを覚えている。

ニール:僕たちはアルバム・バージョンにはまったく満足してなかった。それには、生音が他のアルバムの曲よりもたくさん残っている。僕はそれが一番弱いトラックだと思う。それで、僕たちはシングルのためにトレヴァー・ホーンとそれを再レコーディングした。僕はいくつかの新しい歌詞を書いた。トレヴァーは、僕に別の歌詞を書くように言ったので、僕はもっと他の問題を組み立てた。オリジナルの歌詞は、より政治的だった。僕は2番目の歌詞にエコロジーを持って来た。 僕の理解は、歌が不確実性から楽観主義まで続くということだ。事実上、私たちは二度「It's Alright」を再レコーディングした。 最初の試作(CD2-12)は最終的なシングル・バージョンと同じスタートだ。僕たちはこのバージョンを後に12インチ・シングルに流用したが、それが僕たちが持っていたすべてだ。それは中央に本当にもったいぶった部分があった。

There's a boy standing by a river
There's a girl lying with her over.
There's a statesman standing at a crossroads
There's a soldier polishing his gun.

川のそばに立つ少年がいる
恋人の傍らに横たわる少女がいる
交差点に立つ政治家がいる
銃を磨く軍人がいる


人々が交差点に立っていて、そこには戦争があるかもしれない、あるいは平和かもしれない、と僕は言っていた。それは幻想的な思い上がりであって、それほど良くなかったから、僕たちはそれを削った。その当時、1989年のはじめ、心配事がゴルバチョフと南アフリカやそのほかのことが理由で、何とかして変わっていく雰囲気があった。トレヴァーが3番目のバージョン(CD2-14)をほとんどやった。それはシングル・バージョンになった。僕たちはライザ・ミネリのアルバムの製作で忙しかったから、僕たちは抜きだ。3番目のバージョンはすばらしかった。彼には、新しいプログラマーがいた。彼はジョージ・デ・アンジェリスで、彼は、PWLで仕事していた。トレヴァーはクリスに「It's going to be alright」と言わせるというアイデアがあったから、それも聴くことができる。

クリス:キライだ。レコードが台無しだ。

 (
以上、2001年ブックレットより)


 


ニール:カヴァー作品をやる理由は、すごく面白いから。曲を聴いて気に入った。当時はアシッド・ハウスのはしりで、「Acid track」っていうコンピレーションがあったんだけど、僕たち2人もこの曲が大好きだった。そういう時って丸ごと味わってみたくなるだろ。音楽でそれをやるには、自分自身で中に入り込んでみて、曲の成り立ちを見極めることだ。人の作曲方法を知ることはすごく勉強になるよ。それが、カヴァーをやる大きな理由のひとつ。とても多くのことを学べるからね。

クリス:アルバム・バージョンを基にしたシングル・バージョンをリメイクした。プロデュースはトレヴァー・ホーンと彼の当時のプログラマー。ハウス時代のきわめてポップなカヴァーになった。けど、当時は無名のハウス・ナンバーだったんだ。もちろん有望作として認知されてはいたけどね。当時はあまり知られていなかった。でも僕はゴージャスな曲だと思っていた。この曲に込められた情感が大好きだ。

ニール:ちょっぴり怖いのは、レコーディングすると歌詞はあっという間に古びてしまうということ。けど、もう色あせることはないと思う。当為はアフガニスタンの圧政があり、南アフリカの革命があった。今もアフガニスタンは動乱の中にあるし、アフリカ南部の国ジンバブエでは紛争が起きている。“I hope it's gonna be alright(平和な日々がやってくる)”。この曲がリリースされたときにはアフガニスタン問題は全て終わったかに思えた。この曲で歌ったのはソビエト軍のアフガン侵攻だったからね。

クリス:リリースは何年だっけ?

ニール:89年。

クリス:この曲は、愛は最後に勝利する、という思想を見事に表現している。今とは違うと思うけど、1989年には「いつか世界は素晴らしい場所になる」っていう強い期待感が、確実に存在していたんだ。

ニール:そう、この曲は実にタイムリーだった。革命を歌った作品だし、1989年の末には、ソビエト連邦が崩壊し、ベルリンの壁が倒され、チャウシェスクが銃殺された。世界全体が未来を楽観していた。興味深いことに、この曲はヘリコプターの音と共に始まって、軍事的な色調を帯びている。それは、変革を歌っているけど、同時に、音楽がどれほど僕たちの魂を体現しているかとか、生命の連続性といったことも表現している。音楽が存在する限り全ては大丈夫、そこには僕たち自身が存在しているのだから。

クリス:だからこそ、極右的なイスラム国家ではご法度なんだ。タリバンが音楽を禁じた理由はそれさ。だろ?それこそが理由だと思うよ。

 (
以上、2003年「POPART」ブックレットより)


 

プロモーションビデオ(You Tube)




1988
年シングルはUKチャート最高5

ライブ(2004年)(You Tube)




トレヴァー・ホーンの25周年コンサート(Princes Trust)にて。トレヴァーも参加。

スターリング・ヴォイドのオリジナル12(You Tube)






ニール:好きなビデオだ。ユージーン。
クリス:ホント?
ニール:監督の息子だよ。
クリス:ロバート・メイプルソープ風?
ニール:あの子は機嫌が良かった。50人中、あのコだけ泣かなくて助かった。
―これはクリスのアイデア?
クリス:ああ。テーマは忘れた。
ニール:未来の象徴だ。
クリス:そうか。
―最初のモノクロビデオ?
ニール:そう、この後何年か続く。
クリス:ダサい帽子だ。後悔している。
―自転車競技用?
ニール:ヘンじゃないよ。赤ん坊との共演はいい経験だったよ。何か、すごく楽しかった。子沢山だろ?
クリス:あはははは。これは僕じゃない。
ニール:代役だ。2人で外出していた。
クリス:ランチを食べにね。
ニール:う〜ん、めちゃくちゃかわいい〜。
クリス:(セリフ)まだだぞ!
ニール:代役だね。おお〜〜嫌がっているよ。ちゃんと座っている。ユージーンだ。
クリス:あははっは。いいビデオだ。

聞き手―クリス・ヒース

 (
以上、2003POPART/DVDコメントより) PV監督・・・Erick Watson

 

 

★用語・人物メモ★

Acid Tracksは現在廃盤のよう。The House Sound Of Chicagoについては再販版のCD1985-2006こちら。

Sterling Void
・・・本名Deane Pelt。インディーズのアメリカのハウス・シンガー。マイ・スペースはこちら。PSBがこの曲をカバーしなければ一般的に知られる事はほとんどなかったと思う。

The Mint Juleps
・・・80年代に活動していた、ロンドンを拠点にしたアカペラ・ソウル・グループ。ボブ・ゲルドフなどのバック・シンガーを務める。カヴァー・ソングのほか、オリジナル曲「Girl To The Power Of 6」などをトレヴァー・ホーンがプロデュース。

George De Angelis
・・・キーボードリスト、プログラマー。PSBのほかカイリー・ミノーグ、ドナ・サマー他など参加。

PWL
Pete Waterman Ltd)・・・ストック・エイトキン・ウォーターマンの1人、ピーター・ウォーターマンのプロデュース会社。

ロバート・メイプルソープ(1946-1989)・・・ニューヨーク出身の写真家。男性ヌードやスターのポートレートなど、白黒の官能的な写真で有名。エイズで死去。PSB1986年ころにメープルソープとフォトセッションをやっている(もちろん着衣!)。




 
たいていの場合、無名の新人が有名な曲をカヴァーするのが普通だが(そしてワタシはこの商業戦略が大嫌い)、この曲の場合は反対で、無名のシンガーの曲を有名なPSBがカヴァーしている。いいと思う曲は有名だろうと無名だろうと押していく、PSBらしいところだ。

ビデオを見ると、ニールもクリスも赤ちゃんにすごく愛情を持っていることがわかる。知られる限り、彼らに子供はいないのだけど、多分いたらすごくかわいがっているだろう(そのぶん甥や姪をかわいがっているはず)。ちなみにニールは「(ゲイだから)子供を持てなくて残念ですね」というインタビューに「欲しくないとは言っていない」と答えている。



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