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♪♪妄想乙女マーガレット通信★vol.55♪♪
別冊「まりりんの日記」/ペットさん(ペット・ショップ・ボーイズ)偏愛フリーペーパー
第55号・2007年8月発行★発行人:まりりん石原、執筆乙女:マーガレット(題字:ニール王子)

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SUMMER SONIC@東京・レポート▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 2002年のフジロック・フェス以来、5年ぶりの来日ライブとなりました、サマーソニック07。残念ながら大阪会場は行けなかったけど、猛暑の8月12日東京(千葉・幕張メッセ&千葉マリンスタジアム)会場に行ってまいりました。
 サマソニは他のフェスと同じく、複数のステージで同時刻にライブが行われている。ゆえに、自分なりのタイムテーブルを計画するのが先ず第一歩、どれでもいいからいろいろ見たいという人にはどこの会場を選択するのか悩むところ。ワタシはPSBさえ見れればあとはどうだっていいというグループ。私の場合はSONICステージだけだ。

 とにかく日本の一番暑い時期に暑い都会で催されるフェスゆえ(マーガレットは初参加)、一体どうなってしまうんだろうという不安のほうが、実は大きかった。暑さについては、一応SONICステージは幕張メッセ屋内だったので、直射日光で倒れるようなことはない。当然暑いことは暑いけど。メインステージであるマリンスタジアムは屋外(屋根ナシ)なので、さぞかしハードだったと思う(ワタシたちは最初からマリンスタジアムには行くつもりはなかった)。
 フェスだからもちろんオール・スタンディング、ということは観客席の場所取りは早いものがち。観客席に入ってしまったら動けないこと前提(座ることもトイレも食事もガマン)、いったいどのくらい前から会場に行ったらいいのか読めなかった。PSBはSONICステージの最後、19:35から登場予定。

当初の予定では、PSBの2つ前、シンディ・ローパー(16:40〜)は絶対見たいと思っていたけど、4つ前(14:30〜)のブレッド・アンダーソンを見に行った。この時点では多少人をかき分けて前方に行っても、当然現行ステージアクトのアーチストのファンが前列5列くらいは占めているため、徐々に前に進むしかない。しかし、すでに前方にはPSBのファンと思しきTシャツや帽子のファンたちがいたので、「ああ、4時間半以上前だけど、もうスタンバイの時間なのか!」と思い、覚悟を決めた。

ここから少しずつ、じりじりと前のほうに行き、ブライト・アイズ(15:30〜)の途中で最前列のバーを掴むことが出来た。基本的にPSBのステージは、クリスが上手(向かってステージ右)にいるため、下手より上手のほうがいい場所といえる。ニールも比較的センターとクリスの近くにいることが多い。ゆえに、ワタシの定位置もセンターより上手寄りになる(実際、これまで見たライブはすべてその辺り)。ただし、競争率は高い。現実、20人しか並べない場所に30人入っているような、強烈な狭さだった。とにかくワタシは必死で、同行していた友人たちを置いてけぼりにしてしまっていた。最終的には、友人たちもワタシのすぐ後ろ、2列目まで進むことができたけど、最前列のように持つところがないので、ワタシよりずっとしんどかったに違いない・・・みんなを最前列に行かせてあげられなくてごめん。

ブライト・アイズが終わり(セットチェンジがそれぞれ30分ほどあり、その時間が結構しんどい。ライブを見ていれば辛さはあまりないのだけど)、16:40、シンディ・ローパーの登場。シンディもわたしらの世代には外せない。現在54歳だけど彼女のキュートさは全く変わっていない。今でも彼女のヒット曲はちゃんと歌える。
I Drove All Night(‘89)は今でも最高に切ないラブ・ソングの一つだと思う。

ちなみに、2001年にニールが立ち上げたゲイ・ミュージシャンたちによるフェス「Wotapalavaフェス
は中止になってしまったけど、今年、形を変えてTrue Colors Tour」に引き継がれた。出演者が全員LGBTミュージシャンではないけど、ゲイの権利を掲げたイベントで、このメインがシンディだった。シンディは実姉がレズビアンで、ゲイに理解のあるミュージシャンの一人だ。去年アメリカで開催されたゲイのオリンピックことゲイ・ゲームズでも、パフォーマンスを披露している。

シンディとPSBのファンの世代はかぶるので、シンディの、舞台を下りて観客席のそばまで来るステージは、大熱狂だった。しかし、それでかなり疲れたことは確か。次の「ザ・コーネリアス・グループ」(18:05 〜)では、待ち疲れのピーク、わたしの周りは死んだように俯いていた。屋内とはいえ、きつい照明で熱せられた湿度100%近い会場、汗だくの知らない人とべったりくっつき合う精神的ストレス、脚の痛み。そこに追い討ちをかけるような無機質で電気的、お腹にゴンゴン響くサウンドは、今聞くもんじゃない・・・ラインナップの順番を間違えたとしか思えない。彼らのステージが終了したことに、まるで喜んでいるようだった。

いよいよPSBのセットチェンジが始まり、みな息を吹き返した。長い待ち時間を経て、わたしたちにとって、今からが本番。


セットリスト

 

GOD WILLING
LEFT TO MY OWN DEVICES
SUBURBIA
CAN YOU FORGIVE HER?
MINIMAL
SHOPPING
HEART
OPPORTUNITIES
INTEGRAL
PANINAR

E A VIDA EDOMINO DANCING
ALWAYS ON MY MIND
WHERE THE STREETS HAVE NO NAME(I CANT
・・・)
W
EST END GIRLS
THE SODOM AND GOMORRAG SHOW
SO HARD
ITS A SIN
GO WEST

 


 今回のライブも去年からやっているFundamentalツアーの一環だけど、アルバムのツアーというより、ヒット・パレードとも言えるラインナップだった。1時間25分というフェス用ショートバージョンで、DVD「CUBISM」のダイジェスト版のような感じ。とても残念なことに、静か・メロウ系の曲「Psychological」「Rent」「Dreaming for the Queen」「Numb」「flamboyant」「Home and dry」(そしてなぜが「I’m with stupid」も)などがごっそり削られたため、ちょっとメリハリに欠け、全編アップテンポ、ダンスフロアのノリだった。

今年のツアーからなぜか(気まぐれ?)クリスが「Paninaro」をパフォーマンスし始めた。DVD「Cubism」は去年のライブなので「Paninaro」は未収録ゆえ、余計に盛り上がった。ライブを見ると、本当にクリスの見方が変わる、とみんな言う・・・たいていは“生のほうがステキ”って事だけど。普段ミステリアスな人物ゆえ、情報が少ない。情報に飢えている。ライブ中は、クリスはよく会場を見ていると思う。観客の中にいったい何を見つけたのか、一人で笑っているときもある。ライブ後半、シルビアがクリスの近くにやってきて、クリスの顔の汗をぬぐうパフォーマンス(大阪でもやったというので、あらかじめ予定されていたパフォーマンスだろう)をして、ファンからのジェラシーの声を誘った。クルーの中で、クリスはそういう”可愛がられキャラ・おぼっちゃま”扱いなんだと思う。

ニールはいつもの通り、すらりとした8頭身でツルツルのお肌(ちょっと暑いのでホッペタ赤めで)、キラキラオーラを振りまきながらステージを動き回る。ステージの位置が高めで(観客席とステージの間をカメラマンやスタッフか行き来するので、少なくとも170pくらいはある)、私たちはけっこう見上げる形になる、つまり小さな頭がより小さく見える。ああ、この人はスターになるために生まれてきたんだとつくづく思う。素晴らしい歌詞やうっとりする声に、王子様のようなルックスは必ずしも必要ないけど、ニールの場合は完璧なほどそれが備わっている。ニールは少しだけ日本語を覚えて来ていた。「PET SHOP BOYSデス!」「愛シテマス!」と、日本語で言っていた。

ライブが始まる前、クリスのキーボードが調子悪そうだった。ピート・グレダルが来て、コンセントやケーブルをいろいろといじっていた。ライブ中はキーボードにトラブルはなかったようだけど、音声がたまにおかしいところがあった。聞き間違いかな、と思うくらいわずかだけど、ニールのエンジェル・ヴォイスが裏返るような箇所が何度かあった。ニールの声は裏返るタイプじゃないし、裏返ったことは今まで聞いたことはないので、多分音響の小さなトラブルなんじゃないかと思う。

海外のライブでは、写真や携帯ムービーなどはほとんど野放し状態で、スタッフたちには何も言われないけど、さすがに日本では写真撮影は厳しかった(それでも、注意覚悟で撮影している人は結構いたけど)。撮影も含めて、海外のライブは“ゆるい”と思う。お酒を片手にのんびり踊りながら聞く・・・という楽しみもある。まあ、来日自体が稀だし、来日も久々で、ファンもみな必死でゆるい状態になれるはずもないんだけど、それにしても殺気立つほどのピリピリ感はすごかった。人伝いに聞いた様子だと、大阪の方がもうちょっと和やかなような気がした。これは観客の数なのかもしれない(東京はチケットが完売、大阪はちょっと残っていたようだ)。

5月のパリでは、ステージからニールは手を伸ばして観客と握手していたし、ロンドンでは明らかにワタシはニールと目があった(持っていたうちわのメッセージを読んでくれた)。でも、今回は観客席が離れていたせいか、それとも広くオーディエンスを見渡していたせいか、ニールがこっちを見てくれた気があまりしないし、ちょっとだけよそよそしい気がした・・・多分、私の気のせい。フルだと2時間あるライブを1持間25分に縮小しているから、ちょっと駆け足で、しかもぎっちり詰まっているから、あっという間に終わってしまった。

終了後は泣いた。ああ、終わったんだ・・・そう思うと感情のやり場がない。ライブの後はいつもそう、「楽しかった!」より「切ない!」方が上回る。それでも、仲間がいてくれて、抱きしめてくれれば立っていられた(実際に6時間以上同じ場所に立っていたので脚がパンパンになって、歩き出すことが困難だったけど、肉体的痛みより、心の痛みのほうが大きかった)。初対面の人を含めて、みんなに抱きしめてもらった。「終わったのね・・・」という言葉とは裏腹に、それを認めるのも嫌だった。

サマソニで来日するニュースを聞いてから約3ヶ月、ずっと緊張感の中にいた。2週間くらい前からは気が重くなり、サマソニのスタッフならまだしも”なんでワタシごときが”憂鬱な状態に陥るのかと、まったくもって不可解かつパニクった状態だった。ライブが終わった瞬間、張り詰めていた糸が切れ、難破船のようなフラフラさと、脱力感、喪失感、虚無感に襲われる。それは、後から思い出せば楽しい思い出に変えられるのだけど、どうしてもネガティブな感情が勝ってしまう。みんなこんな感情になるのだろうか。みな立っていられて、強いと思う。

ライブで、本物のニールやクリスという現実と正面切って見ると、いつもその距離の近さとはうらはらに、とてつもない遠さを何度も実感する。ものすごく大きな見えない、越えられない壁を感じる。当たり前の大前提のことなのだが、わたしたちと彼らアーチストは物理的には“チケット代金”でしかつながっていない。ワタシにとっては情熱や擬似的な愛であっても、彼らにとってファンは"購買者"でしかない。なんという皮肉だろう。でも、世の中の大前提なのだ。アーチストがファンを”お客さん=ファンひとからげ”で愛することはあっても、いちいち答えてあげることはまったく不可能だ。当たり前だ、1対1ではないもの。それがわかっていながら止められない、諦められない、崇拝し続ける。ファン道って、宗教に近いんだと思う。絶対に”物質的”に与えられることはないけど、そこにあるものから”精神的よりどころ”を見だして自分なりの追随理由を選択するしか生きていく方法はない。

サマソニライブ後、ワタシと友人たちはまる1日、PSBについて語り合った。日常にはそんな機会はなかなかないし、まわりにそうそう語れる相手もいるものじゃないから、その時間というものはとても至福の時だった。ただ、いつも話の最後は“虚しいね”とタメイキになってしまう。私たちがいくら愛を注いでも、むしろ迷惑なんじゃ、とか、こっちは見ていないよね、とか。とても短絡的な考えだけど、ライブの時だけでいい、目を引くようなハンサムな青年になりたい、と半ば本気で思ってしまう。

「幸せだね〜、夢中になれるものがあって」。そう言われることもある。夢中になるヨロコビと、得体の知れない苦痛とが、とても細い刃の上で同居している。それでも、至福の何かを求めて、私たちはそこに居座り続ける。そしてやっぱり愛している、と言うしかないのだ。

(どうせ撮影禁止だと思い、カメラを持参しなかったため、絵のない寂しいレポートになってしまいました。画像はサマソニ公式サイト、PSBの所属するEMIのサイトなどにございますのでご参照くださいませ。)

http://www.summersonic.com/index.html

http://blogs.yahoo.co.jp/emiintl/MYBLOG/yblog.html

 


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